宮崎学さんの「地上げ屋 突破者それから」幻冬舎アウトロー文庫
を読んでいます。
私、この方の大ファンです。京都のヤクザの息子さんであります。
気分が落ち込んだ時に、宮崎さんの文章を読むとなぜか元気がでます。
それは、ひとえに別世界、非日常の世界での出来事が詳細に記してあるとはいいながら、生き方の部分に多少なりとも「共感」「共鳴」できる部分があるからだと思います。
抜粋です。
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〜一種の冬眠状態に入り込みどこにも出かけず、じっと寝転って部屋の天井ばかり眺めて過ごした。生まれて初めて自分の人生を振り返り、はなはだ哲学的にこれから先の自分の生き方を考えたりした。
〜略〜
そもそも、金というのは自分にとっていったいどんな意味を持つのかという思弁も芽生えていた。金はほしいに決まっている。金のためなら、かなり悪どいことさえやってのける覚悟もある。実家の土建屋(解体屋)が25億の借金を抱えて、斜面を滑り落ちるように倒産していく過程では、実際にひどい手口で金を掠めてきて、手形の決済に充てたこともあった。自分は金に弱い人間だし、金をもらえればすぐに転ぶ人間であることは、私自身がいちばんよく知っている。
しかし、では金だけが人生のすべてなのかといえば、もちろん否である。
大金を要領よくうまく稼ぐためには、冷淡な合理主義者でなければならない。鋼鉄のごとき近代合理主義に身を徹して、余分なものを切り捨てていかなければ多額の金は稼げないし身につかない。
〜略〜
ヤクザ組長を父にもち、博徒の娘を母に持つ私のような人間にとって、近代合理主義というのは、感性としてなかなか肌になじまない。
むろん、私とて学生時代は共産党に籍のあった身である。マルキストとして、唯物論的な合理主義の洗礼はたっぷりと浴びている。当時はそれでなんの違和感も覚えなかったし、自分はまったく合理的な人間であるとさえ思っていた。
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競馬でも近代合理主義に徹すればいいのでしょうが‥‥
ついつい「義理」や「人情」に流されてしまう‥。。
カネが残らないワケですね。(苦笑)


